2012年12月13日木曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 12月6日 アンドレッティ・オートスポートが2013年の体制を発表

シーズン3台体制 インディー500はルーキーのムニョスも投入
 マイケル・アンドレッティがオーナーを務めるアンドレッティ・オートスポートは、12月5日、インディアナ州インディアナポリスの自社ワークショップで2013年度の体制を発表した。
 IZODインディーカー・シリーズには3台をフルエントリーさせ、インディアナポリス500マイルレースにおいてのみ、1台プラスの4カー体制とする。使用エンジンは、当然、シボレーで変わらずだ。
 インディーカー・レギュラーの3人は2012年と同じ。ただし、初のシリーズタイトル獲得をなし遂げたライアン・ハンター-レイ(RHR)はチャンピオン・ナンバーの「1」を纏う。メインスポンサーは引き続きDHLが務めるが、サポートの規模はタイトル獲得によって拡大された。RHRは念願のタイトルに手を届かせたカーナンバー28に強い愛着を持っているためと、全世界で癌と戦っている2,800万人の患者のため、レーシング・フォー・キャンサーの共同発起人としてカー・ナンバー「1」の中に「28」を取り込むデザインを採用する。
 マルコ・アンドレッティはカーナンバーを「26」から「25」に変更するが、メインスポンサーは来年もRCコーラで変わらない。2012年はランキング16位と振るわなかったため、ゼッケンととも心機一転する。
 インディーカー・デビュー2年目、アンドレッティ・オートスポート入りした初年度ながらタイトル争いに加わり、最終的にランキング8位でシーズンを終えたカナダのジェイムズ・ヒンチクリフは、2013年もゴー・ダディ・ドット・コムがメイン・スポンサーで、カー・ナンバーも引き続き「27」を使う。


ムニョスをはじめ、若手の育成も着々
 そして、インディー500の予選通過を目指してスポット参戦を行うのは、アンドレッティ・オートスポートでインディライツ2シーズン目を戦うコロンビア出身のカルロス・ムニョスだ。
 アンドレッティ・オートスポートはステップアップカテゴリーでの活動も積極的に展開して来ている。2013年もインディーライツには上記の、昨年2勝を挙げているムニョスをエースとして投入し、もう自らのチームで3シーズンも育て続け来ている現在17歳のザック・ヴィーチ(今月中に18歳になる)をインディーライツ・デビューさせる。
 さらに下位のフォーミュラ・マツダにもシェルビー・ブラックストックをエントリーさせる。彼らはもう1台をエントリーさせる予定だが、そちらのドライバーは後日発表されるという。そして、USF2000にもアンドレッティ・オートスポートは参戦を継続する予定で、そちらのドライバーも同じく後日発表するとのことだ。
以上

2012年12月10日月曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 12月3日 インディー/シャーロット・ダブルにトニー・スチュワートが挑戦か

ロジャー・ペンスキー直々にインディー500出走をオファー

 1997年インディー・レーシング・リーグ(IRL)チャンピオンで、NASCARチャンピオンにも三度輝いているトニー・スチュワート(41歳)が、来る2013年のインディー500にスポット参戦する可能性が出て来た。ロジャー・ペンスキーが彼にオファーを出したのだ。
 インディアナ州出身で、ミジェット&スプリント・カーを走らせて育ったスチュワート。当然、彼の子供時代からの夢はインディーカー・チャンピオン、インディー500での優勝だった。しかし、いざインディーカー・ドライバーとなって挑戦した5回での最高位は5位(1997年)、インディー未勝利のスチュワートとすれば、世界最長の歴史を誇るレースで最多の15勝を飾っているチーム・ペンスキーからの出場は拒絶し難いチャンスだろう。
 

シボレーから強力なバックアップ

 スチュワートがオープンホイールのトップカテゴリーに到達したのは、ちょうどインディーカーがまっ二つに分断されていた時期。彼はCARTシリーズより世間の評価が低いIRLでタイトルを獲ったが、その後は人気絶大なNASCARへと移り、そちらでも才能を発揮して3度のシリーズ制覇を果たして来ている。そして、スチュワートは2009年からチームオーナー兼ドライバーとなった。シボレーからの強力なサポートを受ける体制だ。そのような彼とシボレーの関係を考えれば、インディーカーでのシボレー・ナンバー・ワン・チームであるペンスキーからの参戦話は、決して実現性の低いものではない。ペンスキーとスチュワートが手を組むとなれば、全米での注目度は極めて大きなものになる。それはインディー500やインディーカー・シリーズにとってはもちろんのこと、NASCAR、そして、シボレーにとっても大きなメリットになるはずだ。
2004年以来久々となる「ダブル」、果たして障壁をクリアできるか?

 スチュワートにとっての悩みの種は、インディー500の行われる週末、NASCARがノースキャロライナ州シャーロットでシリーズの公式戦を開催する点だ。そちらはナイトレースなので、インディー500のゴール後にヘリコプターとプライベートジェットを利用すれば参戦は可能となるが、時間的に非常にタイトなのだ。そこでペンスキー御大は、インディカーとNASCARの両シリーズに働きかけ、両イベントのスケジュールを調整することまで考えているのだという。
 少し前までは、”インディー/シャーロット・ダブル”は普通に行われていた。ところが、2005年からインディー500のスタートが1時間遅らされて正午になったため(2006年からはインディアナ州のサマー・タイム採用で午後1時スタートになっているが、前年までのサマー・タイム採用無しでの正午と同時刻)、一番最近の”ダブル”実現は、2004年のロビー・ゴードンによるものとなっている。
 インディー500に出場すると、シャーロットでの決勝当日のドライバーズミーティングに出席できないため、NASCARのルールで最後尾グリッドからのスタートを強いられる。これをまず、NASCARサイドのスポンサーに理解してもらわねばならない。また、インディー500のスタートや進行が雨で遅れた場合など、どのような対処をするのか(インディーとNASCAR、どちらにどのような代役を立てるのか……など)、多方面からの了承を得なくてはならない。
 スチュワート自身、1999年と2001年の2回、“ダブル”にトライをしている。1999年はインディーで9位、シャーロットで4位に入賞。2001年にはチップ・ガナッシ・レーシングからの出場でインディー=6位、シャーロット=3位だった。二度の挑戦とも両レースでトップ10入りするという素晴らしい成績をスチュワートは残しているわけだ。また、2004年には予選最終日に突然姿を現したスチュワートに対してAJ・フォイトがマシン提供を申し出、挑戦が急遽決まりかけた。最終的には、彼とシボレーの契約などからホンダ・エンジン搭載インディーカーでの走行は実現しなかった。
 2013年のインディー/シャーロット・ダブルに関しては、いよいよNASCARのトップ・シリーズへのフルエントリーを開始するダニカ・パトリックにも計画がある。ダニカもNASCARではシボレー・ドライバーだ。


以上

2012年12月1日土曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 11月17日 ストーブリーグニュース 11月版 シモーナ・デ・シルベストロがKVレーシング・テクノロジーに移籍

KVRTはカナーンとシモーナの2台体制に
EJ・ビソとルーベンス・バリケロの離脱が確定しているKVRTは、デ・シルベストロを迎えてトニー・カナーンとの2カー体制になる。HVMはスポーツカーでの活動を始める計画で(去年はコンクェスト・レーシングがそうやってインディーカーを去ってったなあ)、インディーカーも継続参戦の予定だが、ドライバーなどは現時点では未定。
グレアム・レイホールは父ボビー・レイホールのチームへと復帰

チップ・ガナッシ・レーシングのサテライト=いわゆるG2で2シーズンを走ったグレアム・レイホールだが、とうとう勝ち星を挙げることなく契約終了。2013年にはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍する。つい最近の会見で彼のカー・ナンバーが「15」と発表されており、そのゼッケンをつかっていた佐藤琢磨は、来年も残留の方向と見られていたが、離脱の可能性もあると見られている。
G2のドライバー・ラインナップは?

グレアム・レイホールが抜けたG2、その穴を埋めるのはライアン・ブリスコーでは? この移籍が実現したら、G2もガナッシ全体もレベル・アップされることは間違いない。チーム・ペンスキーの情報も一気に手に入れることができるからだ。
セバスチャン・ブルデイはドラゴン残留。
セバスチャン・ブルデイはドラゴン・レーシングとの契約を継続し、シボレー・エンジン搭載でのフル・シーズンを戦う。キャサリン・レッグもドラゴンに残留のはずなので、同じドライバー2人を2年続けて起用する出場体制になる。
ルーベンス・バリケロはシュミットか?

ルーベンス・バリケロはF1復帰なんて話も近頃聞かれているが、シュミット・ハミルトン・モータースポーツ入りしてシモン・パジェノーとコンビを組むという噂がシーズン終了前から流れていたが??
以上

2012年11月23日金曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 11月6日 ランディー・バーナード解任問題その3 バーナード緊急排除の背景に迫る

バーナード排除の陰にちらつくスポンサーの陰 

 ランディー・バーナードがインディーカー・シリーズのCEOから引きずり降ろされた(既報)。この更迭は、なぜだか世間がビックリするほど唐突かつ強引に行われた。インディーカーは自らの評判がガタ落ちになる可能性も顧みず、「とにかくバーナードを放り出せ!」と行動した。
 先日、このドタバタ劇の裏をアメリカのメディアが報じた。記事の内容は信憑性が高いように感じられた。バーナードが排除されることとなったのは10月最終週だったが、発表がなされる直前、インディーカーはシリーズに大口の支援をしている企業のひとつから、「どっちの方向性に進むにせよ、シリーズ内部の混乱にケリをつけろ。さもなければ私たちは手を引く」と迫られたのだという。すると役員会は、自分たちが選んでCEOの座に据えた男をいともアッサリ、無慈悲に放出することを決定、バーナードにそれを伝えた。「シリーズをサポートしてくれる=大枚をはたいてくれる企業を失うぐらいだったら何でもしますよ」ということだ。彼らはアタフタと、善後策の検討もなくトップ人事の変更を世間に発表した。バーナードは開いた口が塞がらなかったと思う。自分を守ってくれると信じていた役員会が突然心変わりし、彼を切る立場に翻った。「今までの苦労は何だったんだ?」、「もうやってられない」と彼はアドバイザーに引き下がることを了承、もうインディーカーとは関わらないと決めたのかもしれない。