2012年10月17日水曜日

2012 INDYCAR シーズンレビュー 第1弾:チャンピオンの肖像――ライアン・ハンター-レイ――

Photo:INDYCAR LAT USA
苦労人チャンピオンの誕生

 2012年のインディーカー・チャンピオンとなったライアン・ハンター-レイは、結構な苦労人だ。
 フロリダ州の大西洋岸、マイアミとウェスト・パーム・ビーチの間にあるボカ・ラトンという町で育った彼は、1980年の12月生まれだから、もうじき32歳。現在はマイアミ寄りのフォート・ローダーデイルに住んでいる。
 ワイフのベッキーさんは、オフロード界の伝説的ドライバー=ボブ・ゴードンの娘。つまり、オフロード、スポーツカー、インディーカー、ストックカーのすべてで活躍したロビー・ゴードンの妹。彼女自身もレース経験がある……というか、今年のパイクス・ピーク・ヒルクライムに出場していたから、いまだに現役レーサー。二世が生まれたら、やっぱりレースの世界へ……ってことになるんだろうなー。
 ハンター-レイの趣味は、ゴルフ、サーフィン、スノーボード、シー・ドゥー(水上バイクの一種)、スクーバ・ダイビング、フィッシング……と思いっきりフロリダしていて、バブル的な匂いが漂う。苦労人と書いたけど、苦労したのはレーサーとしてのキャリアでだけなので。
 子供時代にカートに熱中、ナショナル・チャンピオンにもなってフォーミュラ・ダッジ、バーバー・ダッジ、フォーミュラ・アトランティックを経て四輪のトップ・カテゴリーへ。トントンとそこまではかなり順調だった。しかし、トップに上がるタイミングは良くなかった。アメリカのオープンホイール・レースは、チャンプカー・シリーズとインディー・レーシング・リーグに分裂して、かなりの低迷期となっていたから。
 

チャンプカーでは、ルーキーイヤーから目覚ましい活躍をみせたが

 それでも2003年、彼はチャンプカーにチーム・ヨハンソンから出場することができた。当時のIRLはオーバル専門シリーズだったので、ロードレース主体でオーバルもやるチャンプカーを選ぶのが彼にとってはロジカルだったかもしれない。でも、時代はこの年からIRL優勢へと一気にシフト。この時にチャンプカーを選んだ面々は、後々苦しい目に遭うことになる。
 ハンター-レイはルーキー・イヤーに初勝利を挙げた(@サーファーズ・パラダイス)。いくらペンスキーやガナッシ、グリーンといった強豪チームがIRLへと引っ越してしまった後だとはいえ、ニューマン-ハースやフォーサイスが頑張っている中で勝ったのはちょっとした快挙だった。
 2004、2005年も彼はチャンプカーで戦い、ミルウォーキーの1マイル・オーバルでキャリア2勝目を記録した。ところが、2006年を前にシート喪失の憂き目に遭う。チャンプカーの存続が危ぶまれ、出場チームの経営状況もそれに影響されて悪化して行き、スポンサーを持ち込まずにシートを確保するのはとても難しくなっていた。