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2013年3月7日木曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 3月5日 ソノマテストでルーキーのバウティエールが最速タイム!

ソノマ・レースウェイで多くのチームが同時にテスト

 2013年シーズンの開幕まで1ヵ月を切ったが、つい先頃、カリフォルニア州ソノマで多くのチームが1日間のテストを行った。
 参加したのは以下の6チームのドライバー。

エド・カーペンター/エド・カーペンター・レーシング
JR・ヒルデブランド/パンサー・レーシング
オリオール・セルビア/パンサーDRR
トニー・カナーン、/KVレーシング・テクノロジー

シモーナ・デ・シルベストロ/KVレーシング・テクノロジー
セバスチャン・ブルデイ/ドラゴン・レーシング
セバスチャン・サーベドラ/ドラゴン・レーシング
シモン・パジェノー/シュミット・ピーターソン・モータースポーツ

トゥリスタン・バウティエール/シュミット・ピーターソン・モータースポーツ
チャンピオンのハンター-レイはカーペンターのマシンで参加

 参加チームは上記の6つだったが、エド・カーペンター・レーシングのマシンにディフェンディング・チャンピオンのライアン・ハンター-レイが搭乗、10人目のドライバーとして走行した。ドライバーを行った。これはアンドレッティ・オートスポート、エド・カーペンター・レーシング、シヴォレーが共同で開発する幾つかのパーツをテストする目的だったという。

2013 INDYCAR オフシーズン情報 3月5日 佐藤琢磨、ABCサプライのカラーリングに

ABCサプライがAJ・フォイト・エンタープライゼスとの契約更新

AJ・フォイト・エンタープライゼスに対するABCサプライのスポンサー契約がつい先頃更新された。ABCサプライは少なくとも2015年までフォイトのマシンを彩ることとなった。ABCサプライがインディーカーでのスポンサー活動を始めたのは2005年。1チームをサポートするスポンサー契約としてはとても長いものとなっている。ABCの社長は、「AJのチームは私たちのゲストに対し、他には真似のできない経験をさせてくれる。今シーズンはABCのマシンに佐藤琢磨が乗って走ってくれる。それのを見るのが今から待ち遠しい。彼はつい最近、我々のクルーズに参加してくれたが、私たちのゲストに対する接し方も素晴らしかった。今年はエキサイティングで、かつ楽しい1年になりそうだ」と語っている。
以上

2013年2月25日月曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 2月24日 キャサリン・レッグとドラゴン・レーシングのトラブル

ドラゴンレーシングにトゥルーカーを
持ち込んだレッグがシートを失う!?

 イギリス出身の女性ドライバー、キャサリン・レッグは2013年もドラゴン・レーシングでインディーカー・シリーズを戦うと考えられていました。彼女のマシンを彩っていたトゥルーカー(レースによってはチームメイトのマシンも)は、彼女が見つけて来たスポンサーだったからです。それに、レッグは2012年最終戦のフォンタナで十分にコンペティティブであるところも見せました。オーバルレースの経験がほとんどないというのに、自己ベストとなる9位フィニッシュを、超・超高速の、それも500マイルレースで達成したのです。

2013年2月21日木曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報:2月21日 琢磨がAJ・フォイト・レーシングでの初めてのテスト

以下のレポートが佐藤琢磨陣営からリリースされました。

佐藤琢磨、AJフォイト・レーシングのテストに参加


2013年2月19日 フロリダ州セブリング


本日、セブリング・インターナショナル・レースウェイで行われたテストで、No.14 ABCサプライ・ホンダを初めて駆った佐藤琢磨は、参加した13名のなかでトップのタイムを記録するという幸先のいい滑り出しを見せました。AJフォイトのマシーンを琢磨が走らせるのはこれが初めてのことで、琢磨にとっては昨年9月の最終戦以来、インディカーでの初の走行となりました。

「シーズンオフが終わり、またコクピットに戻ってこられたことを嬉しく思っています。本当に最高の気分でした」と琢磨。「今回はチームがこれまで試したことのあるセットアップで走り始めましたが、まずは僕が経験してきたこととの違いを感じる必要がありました。実際、違いはいくつかありました。そこから僕たちはテストプログラムを開始し、いくつかのセッティングを試しました。それらは、必ずしもすべてが上手くいったわけではありませんが、上手くいかなかったセッティングからも学ぶべきことはありました。朝の走行ではとても強い手応えを感じました。午後に入ってからも、コンスタントにいろいろなことを学んでいきました。今日はかなりの距離を走行したので、マシーンの信頼性は高いと思いますし、予定していたほとんどのプログラムを消化することができました」

「走行の最後にいいタイムが出たことは嬉しく思っていますが、まだこれはテストに過ぎません」と琢磨。「それでも、今後に期待が抱ける結果であり、ABCサプライ・チームを勢いづけるものだと思います。みんなで力をあわせて仕事ができたので、本当にいい1日でした」
琢磨のベストラップは51秒947で、同じホンダ・エンジンを用いるスコット・ディクソンの52.017秒を上回りました。シボレー・エンジンを用いるドライバーでもっとも速かったのはウィル・パワーの52秒153。やはりホンダ・エンジンで走行したダリオ・フランキッティは52秒322でした。5番手はジャスティン・ウィルソンの52秒327で、このため、トップ5のうちホンダ・エンジンを使うドライバーは4名を数える結果となりました。

チーム監督のラリー・フォイトは、ABSサプライ・チームの奮闘について次のように喜びを語っています。「たしかに今日はただのテストですが、それでもとてもいいと思われたことは、1日を通じてずっと進化し続け、よりよいマシーンに仕上げられたことにあります。オフシーズンにコース外で行った作業を通じて期待されてきたことが、今日のテスト
に結びついたように思います。チームのスタッフは協力し合っていい仕事をしました。今回は新しいドライバーを迎えてのテストでしたが、それでも、いままでやり残していたと思われることをいろいろと実施できました。琢磨はいい仕事をしてくれました。素晴らしいフィードバックをチームにもたらし、ドンとAJが変更を行ううえで大きな助けとなりました」

そのほか、本日のテストにはトニー・カナーン(52秒381)、エリオ・カストロネヴェス(52秒410)、グレアム・レイホール(52秒413)、チャーリー・キンボール(52秒439)、シモーナ・デ・シルヴェストロ(52秒442)、ジョセフ・ニューガーデン(52秒498)、AJ.アルメンディンガー(52秒618)、オリオール・セルヴィア(52秒690)らが参加しました(カッコ内はそれぞれのベストタイム)。
チームオーナーのAJフォイトは今日の結果に大変満足しています。「今日のテストはとても上手くいきました。琢磨との関係は良好で、彼は誰もやったことのない52秒の壁を唯一破ってみせました。とてもいい仕事をしたと思います。冬の間に学んできたことをもとに、今回はこれまでやったこともないほど多くのダンパー・セッティングを試しましたが、そうした努力が報われたように思います」

琢磨、AJ、そしてラリーの3人は水曜日にシカゴへ向かい、木曜日に行われるABCサプライの年次マネージャー・ミーティングならびにディナーに参加します。その後、琢磨とラリーは自宅に帰りますが、AJはフロリダに戻り、今週末に行われるデイトナ500に立ち会います。フォイトのレースシーズンは、3月24日にセントピータースバーグで行われるインディカー・シリーズ開幕戦でスタートを切ります。


リリースは以上です。
最初のテストでトップタイムをマークするというのは、実はとても凄いことです。昨年から乗っているのと同じマシン=ダラーラDW12・ホンダだとはいえ、違うチームのマシンですからセッティングはフィロソフィーから異なります。それに、琢磨は昨年の最終戦@フォンタナ以降インディーカーに乗っていませんが、他の多くのドライバーたちは冬の間もテストで走っていました。AJ・フォイト・レーシングはオフの間のテスト量も多い方ではなかったのですから、三つの不利な条件をはね除けての好パフォーマンスだったと言えるのです。近代化を進め、総合力を着々と高めて行っているチームと、参戦4シーズン目を迎える琢磨、このコンビネーションに向けられる期待が高まるテスト結果となりました。
以上

2013年2月8日金曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 2月8日 EJ・ビソはアンドレッティ・オートスポート入り

アンドレッティ・オートスポーツは久々の4台体制に

 HVMレーシングで2年、KVレーシング・テクノロジーで3シーズンを戦って来たEJ・ビソ(27歳)は、2013年に向け、早い段階でKVRTを離れることを明言していた。ベネズエラのオイル・マネーをバックに自らのチームを興す意向だったのだ。しかし、新チーム結成は実現せず。その代わりにアンドレッティ・オートスポート入りを果たし、IZODインディーカー・シリーズでの6シーズン目を迎えることとなった。ビソのエントリーはアンドレッティ・オートスポートの4台目としてなされ、データも3人のドライバーたちと共有することとなる。ただ、オペレーションにはHVMレーシングが関わる。




2013 INDYCAR オフシーズン情報 2月7日 ジェイムズ・ジェイクスがレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへ

RLL、念願のフルシーズン2台体制がついに実現
 デイル・コイン・レーシングで2シーズン走って来たイギリス人ドライバーのジェイムズ・ジェイクス(25歳)が、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへと移籍、2013シーズンをフルに戦うこととなった。これでRLLは念願の2カー・エントリーをフル・シーズンで実現できる(1台目はチップ・ガナッシ・レーシングから移籍して来た、チーム・オーナーの息子=グレアム・レイホール)。ジェイクス車のスポンサーは、コインで走っていた2シーズン同様にエイコーン・ステアリフツ(階段昇降エレヴェーター)。これで2013年度IZODインディーカー・シリーズへの正式フルエントリーは21台となった。
 「自分の力に見合った結果を残せるRLLのようなチームに入りたかった。ボビーのチームは常にマシンを上位で走らせて来ている。仕事もファーストクラス」とジェイクスはRLL入りを喜び、意気込んでいる。彼は過去2年間で31レースに出場し、ベストリザルトは2012年トロントでの8位。もう1回記録しているトップ10はテキサス(10位)。シリーズにももう十分に慣れて来ているジェイクスには、これらを上回る成績が今年は期待できそうだ。
 チームオーナーのボビー・レイホールは、「去年までにジェイムズはコンペティティブな走りを何度も見せていた。彼がインディーカー・シリーズで成功するための環境を整えることが自分たちなら可能だと思う」とコメントしている。
 RLLが2カーでフル・シーズンを戦うのは実に2007年以来! 彼らは今年のロングビーチではマイク・コンウェイを含めた3カー体制になる。

以上

2013年2月5日火曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 2月6日 活躍期待度「大」のフランス人チーム

トゥリスタン・バウティエール、フル参戦決定
 2012年にシュミット・ハミルトン・モータースポーツ(SHM)を名乗っていたチーム、彼らの2013年度の参戦体制はシュミット・ピーターソン・モータースポーツ(SPM)と、シュミット・ハミルトン・HPモータースポーツ(SHHPM)になる。カナダのビジネスマンであるリック・ピーターソンが経営参画し、デイヴィー・ハミルトンも共同オーナーとして残留、ヒューレット・パッカード(HP)もシモン・パジョノー号のスポンサーとして今年も活動を共にして行くようだ。その彼らが先頃、昨年度インディーライツ・チャンピオンで、12月のインディーカー初テストで驚異的好タイムをマークしたトゥリスタン・バウティエールを2013年のIZODインディーカー・シリーズにフルエントリーさせると発表した。なお、パジェノーのエントリーはシュミット・ハミルトン・HPモータースポーツ、バウティエールはシュミット・ピーターソン・モータースポーツからのエントリーとなる。シュミットは2台両方のオーナーだが、ピーターソンとハミルトンのオーナーシップは1台ずつに分かれているということだ。

2013年1月30日水曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 1月30日 マイク・コンウェイがレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからロング・ビーチGPに出場

現状ではコンウェイはロングビーチだけの出場に
 
 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)が、2台目についての発表を行いました。
 今年のロングビーチGP=IZODインディーカー・シリーズ第3戦:4月21日決勝=にカー・ナンバー30のマシンをエントリーし、2011年ロング・ビーチ・ウィナーのマイク・コンウェイ(イギリス出身。29歳)を乗せることに決めたということです。
 コンウェイといえば、去年はAJ・フォイト・レーシングで走ってたんですが、「オーバルはヤッパリ無理」と最終戦フォンタナを欠場(インディー500で大事故を経験したのを未だに引きずっている)。今年の契約継続がどうなるか……と見られていました。佐藤琢磨のチームメイトとしてロードレースイベントに出る可能性も云々されていましたが、RLLに移ることになったのです。結果的に琢磨との交換みたいになりましたね。
 現時点では、コンウェイのRLLからのインディーカー・レース出場はロングビーチだけしか決定していないとのことです。しかし、彼らは当然、出場レース数を増やしたい意向です。コンウェイはオーバルレースに対して100パーセントの自信をまだ回復していないでしょうから、そちらに関してはRLLも無理強いをはしないだろうし、出場は増えたとしてもロードレース限定ってコトになるんでしょうね。

2013年1月29日火曜日

2013 INDYCAR オフシーズン情報 1月29日 シェルとペンゾイルがペンスキー・コーポレーションとの提携を延長

NASCARでは移籍したジョーイ・ロガーノが
ペンゾイルのプライマリーサポートカーをドライブ
 シェルとペンゾイルは、ペンスキー・レーシングのNASCAR及びインディーカーへのエントリーをサポートし、燃料、オイル、それらに関連する製品の提供をペンスキー・コーポレーション(輸送業を始めとした関連企業全般。レーシングチームを含む)に向けて続けて行くことを発表しました。両者の契約は複数年の延長がなされたということです。
 この契約の一部として、ペンゾイルは引き続き、ペンスキー・レーシングのオフィシャル・モーター・オイルとされ、シェルとペンゾイルはNASCARスプリントカップに出場する22号車のプライマリースポンサーを33レースで務めます。このシェル・ペンゾイル・フォード・フュージョンにはジョー・ギブス・レーシング(トヨタ)から移籍して来たジョーイ・ロガーノが乗ります。


2013 INDYCAR オフシーズン情報 1月29日 シュミット・ハミルトン・モータースポーツのチーム名、チーム体制変更

チーム名はシュミット・ピーターソン・モータースポーツに

 前回、エンジニアの移籍をお伝えしましたが、実績あるエンジニアのアレン・マクドナルドを再び雇い入れることとなったのはシュミット・ピーターソン・モータースポーツ(SPM)です。これは、2013年はシュミット・ハミルトン・モータースポーツとして戦っていたチームです。母体はサム・シュミット・モータースポーツ(SSM)で、元ドライバーのサム(テストでのクラッシュで半身不随に)が興したチームは、今やインディーライツの最強チームとなっています。2004年に長身のブラジリアン、チアゴ・メデイロスが初タイトルをゲット。その後は2006年にジェイ・ハワード、2007年にアレックス・ロイド(この年のランキング2位が武藤英紀でしたよねぇ)と連覇。そして、2シーズン続けてアンドレッティのチームに敗れた後、2010年からはJK・バーネイ、ジョセフ・ニューガーデン、トゥリスタン・バウティエールによって3年連続タイトル奪取を果たしているんです。

2013年1月27日日曜日

2013 INDYCAR オフ・シーズン情報 1月26日:アンドレッティ・オートスポートのエンジニアリング・チームが崩壊?

チャンピオンチームに異変!ここに来てエンジニア2人が離脱 

 ライアン・ハンター-レイ(RHR)を2012年のIZODインディーカー・シリーズ・チャンピオンに輝かせたアンドレッティ・オートスポートだが、オフに入って主要エンジニアが次々とチームを離れ、2013年シーズンを戦う体制を良いものに整えられるかどうかが心配な状況となっている。
 チーム・グリーン時代から数えて5人目のチャンピオン(1995年=ジャック;ヴィルヌーブ、2004年=トニー・カナーン、2005年=ダン・ウェルドン、2007年=ダリオ・フランキッティに次ぐ)輩出するという素晴らしい業績を成し遂げたというのに、ジェイムズ・ヒンチクリフのレース・エンジニアを務めていたティノ・ベリがシーズン終了後にパンサー・レーシングへと移籍した。


2013年1月9日水曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 ストーブリーグニュース 1月7日 現状での2013年チーム&ドライバーラインアップ

2013 IZODインディーカー・シリーズ チーム&ドライバー 中間報告
チーム名:確定エントリー数(現時点での昨年からのエントリー増減)/使用エンジン
決定済みドライバー (カッコ内は噂されるドライバー候補)


アンドレッティ・オートスポート:3台(±0)/シボレー
ライアン・ハンター-レイ
ジェイムズ・ヒンチクリフ
マルコ・アンドレッティ


チーム・ペンスキー:2台(-1)/シボレー
ウィル・パワー
エリオ・カストロネベス

チップ・ガナッシ・レーシング:3台(-1)/ホンダ
スコット・ディクソン
ダリオ・フランキッティ
チャーリー・キンボール
(ライアン・ブリスコー)
*4カー体制を維持する意向


シュミット・ハミルトン・モータースポーツ:1台(±0)/ホンダ
シモン・パジェノー
*希望は2カーへの拡大だが……


KVレーシング・テクノロジー:2台(-1)/シボレー
トニー・カナーン
シモーナ・デ・シルベストロ


パンサー・レーシング:1台(±0)/シボレー
JR・ヒルデブランド

パンサー/ドレイヤー&レインボールド・レーシング:1台(±0)/シボレー
オリオール・セルビア

デイル・コイン・レーシング:1台(-1)/ホンダ
ジャスティン・ウィルソン
*2カーを維持したい意向


バラクーダ・レーシング:1台(±0)/ホンダ
アレックス・タグリアーニ

レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング:1台(±0)/ホンダ
グレアム・レイホール
(ジェイムズ・ジェイクス)


AJ・フォイト・エンタープライゼス:1台(±0)/ホンダ
(佐藤琢磨)

ドラゴン・レーシング:2台(±0)/シボレー
セバスチャン・ブルデイ
キャサリン・レッグ

エド・カーペンター・レーシング:1台(±0)/シボレー
エド・カーペンター

サラ・フィッシャー・ハートマン・レーシング:1台(±0)/ホンダ
ジョセフ・ニューガーデン

チーム名不詳:1台(+1)/(ホンダ?)
EJ・ビソ
*ヴェネズエラのオイル・マネーで新チーム結成?

コンクェスト・レーシング:1台?(+1?)/(エンジン確保はできるのか?)
*シリーズ復帰希望だが?

MSRインディー:1台?(+1?):(どちらかのエンジンをゲットできる??)
*念願のインディーカー参戦は叶うか?


インディー500だけでも……の参戦候補ドライバー
ウェイド・カニンガム/マイク・コンウェイ/ミチェル・ジョルダインJr.
セバスチャン・サーベドラ/アナ・ベアトリス/トゥリスタン・ヴァウティエール
コナー・デイリー/グスタボ・ヤカマン/エステバン・グルイエリ/ブライアン・クロウソン

以上

2013年1月8日火曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 1月7日 ブラバムの3rdジェネレーションがアンドレッティのチームでフォーミュラのステップを上がる

マシュー・ブラバム18歳、2013年からフォーミュラ・マツダにフル参戦

 オーストラリア出身でF1チャンピオンに3度(59,60,66年)も輝いたサー・ジャック・ブラバムの孫マシューが、2013年にはアンドレッティ・オートスポートからフォーミュラ・マツダ・シリーズにフル参戦する。
 マシュー・ブラバムの父親は、アメリカのIMSAキャメルGTシリーズでニッサンGTPZX-Tなどを駆って大活躍したブラバム三兄弟の長男ジェフ(インディーカーにも参戦)。彼がフロリダに居を構えていた間にマシューはアメリカで生まれたが、家族の母国であるオーストラリアに移り住んで少年期を過ごしていた。
 94年生まれで現在18歳のマシュー。レーシングカートでキャリアをスタートさせた彼は、オーストラリアの入門フォーミュラで着々と力をつけ、2012年にアメリカへと戻って来た。そして、US F2000にエントリーするや、いきなりタイトルを獲得し、マツダの「ロード・トゥ・インディー」の奨学金35万ドルをゲット! 2013年にはフォーミュラ・マツダへとステップアップする。その際のチームがアンドレッティ・オートスポートになるのだ。
 それにしても、アンドレッティの二代目がブラバム家三代目の面倒を見るとは、なんともすごい話だ。
以上

2013年1月6日日曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 1月4日 バリケロ、やっぱりブラジルでストックカー参戦に

2013年、シュミット・ハミルトン・レーシングの
バリケロ、パジェノーの強力な布陣は幻に

 ルーベンス・バリケロのインディーカー参戦は、とりあえずはたった1年で終わってしまうことに決まった。噂の通り、2013年の彼は母国ブラジルで人気のストックカーV8シリーズにフル出場する。彼が乗るマシンはプジョー。来年以降、またインディーカーに戻って来てくれることを期待しよう。それにしても惜しまれるのは、彼のシュミット・ハミルトン・モータースポーツからの参戦が御破算になったこと。シモン・パジェノーとのコンビなら、両ドライバーともにキャリア初勝利を飾る可能性も期待もあったというのに……。
 バリケロほどのドライバーでも資金持ち込みでなければ良いシートを確保できない。厳しい現実が今のインディーカーにはある。「そこまでして無理に……」と元F1スターが考えたとしても仕方が無い。「家族のそばに居ながらレースができるなんてすごいこと!」とバリケロは2013年シーズンを楽しみにしている。
 バリケロがインディーカーで成功しなかったのは、チーム選びで失敗したから。子供時代からの友人=トニー・カナーンが熱烈勧誘、KVレーシング・テクノロジー首脳陣を説得して2012年シーズン開幕直前にチーム入りが決定。しかし、バリケロ加入が決まる前にKVRTの主要メンバーはすでにカナーンをサポートするよう配されていた。バリケロは持てる力をフルに発揮できる体制を与えられなかったということ。F1で11勝した実力を持つドライバーでも、インディーカー初年度はベストリザルトが4位、ランキングもガックリの12位だった。

ファイストンのインディーカーへのタイヤ供給契約が延長に

 ファイアストンはIZODインディーカー・シリーズへのタイヤ供給契約を2018年シーズン終了まで延長した。インディーカーのタイヤに関しては、ファイアストン以外へのスイッチが検討されているとの噂が2012年の秋に流れ、当時のインディーカーCEOであったランディー・バーナードの突然の退陣劇へと繋がった。オーバルコースを使った超高速レースのあるインディーカーにおいては、ファイアストンタイヤに対するドライバー及びチームの信頼が絶大で、他ブランドへの移行には反対意見が強い。今回の契約延長は、安全面から見ればグッド・ニュースだ。テキサスのレースのタイトルスポンサーを務めるなど、ファイアストンはこれまでにも多くのプロモーション活動を行ってインディーカーをサポートして来ているが、2013年以降もそれらのサポートを拡充して行く姿勢が期待される。

2012年12月21日金曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 12月14日 ストーブリーグニュース12月分 2013年、ルーベンス・バリケロは母国ブラジルでストックカー・シリーズ参戦か?

バリケロ、わずか1シーズンでインディーカー離脱

 ルーベンス・バリケロのインディーカー参戦が、残念だがたった1年で終了してしまう可能性が強まった。アメリカのメディアが、彼が2013年は母国ブラジルで人気を誇るストックカー・シリーズにフル・エントリーする契約を結んだとレポートした。まだブラジルのストックカー・チームからも、バリケロ本人からも正式な契約発表はなされていないが、シュミット・ハミルトン・モータースポーツ(SHM)でダラーラ・ホンダを走らせる話は御破算となったと見られる。
 そのSHMだが、セブリング・インターナショナル・レースウェイで2012年インディーライツ・チャンピオンのトリスタン・ヴァウティエールにインディーカー・テストのチャンスを与える。サム・シュミット・モータースポーツでシリーズタイトルを獲得したご褒美といったところか。ヴァウティエールはもちろんインディーカーへのステップアップを狙っており、インディーライツを共に戦ったサム・シュミットのチームでトップカテゴリーへと進むことを検討している。しかし、バリケロ以上に資金確保に手こずっているという。こうなると、やっぱりSHMは1台体制か??


2012年12月16日日曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 12月9日 アメリカ期待の若手、あのF1ドライバーの息子がインディーカーへ?

20歳のコナー・デイリーにインディーカー・テストのチャンス

 アイルランド出身の元F1ドライバー、デレック・デイリー(59際)の息子、コナー・デイリー(20歳)が来年のインディーカー・シリーズにルーキーとして参戦する可能性が出てきた。フルエントリーとはならないかもしれないが……。
 77年イギリスF3チャンピオンのデイリーは、ティレル、マーチ、ウィリアムズなどでF1を戦った後、アメリカに移り住んでインディーカーやスポーツカーで活躍。現役引退後もアメリカでレーシングスクールを開校したり、F1やインディーカーといったモータースポーツでテレビやラジオのコメンテーターとして多くの仕事をしてこなして来ている。
 長男のコナーは、インディアナポリスのすぐ北、インディアナ州ノーブルスヴィルでアメリカ人の妻との間に生まれた。アメリカ育ちのコナーはレーシング・カートから入門フォーミュラを経て2009年にスター・マツダへステップアップ、翌2010年には12戦で7勝を挙げてチャンピオンとなった。そして、2011年には5戦のみだがインディーライツに出場、優勝とポールポジションをそれぞれ1回ずつ記録した。インディーライツにフル参戦しなかったのは、2011年からGP3で戦うことが決まっていたからだ。コナーはGP3で2シーズンを戦い、ロータスで走った2012年に1勝している。
 父のようにF1で走りたいと考えているコナーだが、このオフに入ってから彼の下にはAJ・フォイト・レーシングからインディーカー・テストのオファーが届いた。ロードコースのセブリング・インターナショナル・レースウェイでインディーカーに初めて乗るチャンスが与えられることになったのだ。テストは12月13日の予定。コナーは21歳の誕生日(15日)を目の前にして、初めてのインディーカー・ドライブを果たす。
 AJ・フォイト・レーシングは2012年から起用したマイク・コンウェイがオーバルレースに出場できない事情が発生(2011年のインディー500での大アクシデントの影響か、オーバルを自信を持って走れなくなった)、2013年も彼を起用し続けながらオーバル用ドライバーを別に雇うケースも検討していたが、フル・シーズン・エントリーのシートには近頃になって佐藤琢磨が座るという噂が流れている。そうなってもチームはコンウェイをリリースせず、2台目をエントリーさせて彼とデイリー、あるいは2012年に同チームから2レースに出場したニュージーランド出身のウェイド・カニンガムを数戦ずつに参戦させるという可能性を探っているようだ。

2012年12月13日木曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 12月6日 アンドレッティ・オートスポートが2013年の体制を発表

シーズン3台体制 インディー500はルーキーのムニョスも投入
 マイケル・アンドレッティがオーナーを務めるアンドレッティ・オートスポートは、12月5日、インディアナ州インディアナポリスの自社ワークショップで2013年度の体制を発表した。
 IZODインディーカー・シリーズには3台をフルエントリーさせ、インディアナポリス500マイルレースにおいてのみ、1台プラスの4カー体制とする。使用エンジンは、当然、シボレーで変わらずだ。
 インディーカー・レギュラーの3人は2012年と同じ。ただし、初のシリーズタイトル獲得をなし遂げたライアン・ハンター-レイ(RHR)はチャンピオン・ナンバーの「1」を纏う。メインスポンサーは引き続きDHLが務めるが、サポートの規模はタイトル獲得によって拡大された。RHRは念願のタイトルに手を届かせたカーナンバー28に強い愛着を持っているためと、全世界で癌と戦っている2,800万人の患者のため、レーシング・フォー・キャンサーの共同発起人としてカー・ナンバー「1」の中に「28」を取り込むデザインを採用する。
 マルコ・アンドレッティはカーナンバーを「26」から「25」に変更するが、メインスポンサーは来年もRCコーラで変わらない。2012年はランキング16位と振るわなかったため、ゼッケンととも心機一転する。
 インディーカー・デビュー2年目、アンドレッティ・オートスポート入りした初年度ながらタイトル争いに加わり、最終的にランキング8位でシーズンを終えたカナダのジェイムズ・ヒンチクリフは、2013年もゴー・ダディ・ドット・コムがメイン・スポンサーで、カー・ナンバーも引き続き「27」を使う。


ムニョスをはじめ、若手の育成も着々
 そして、インディー500の予選通過を目指してスポット参戦を行うのは、アンドレッティ・オートスポートでインディライツ2シーズン目を戦うコロンビア出身のカルロス・ムニョスだ。
 アンドレッティ・オートスポートはステップアップカテゴリーでの活動も積極的に展開して来ている。2013年もインディーライツには上記の、昨年2勝を挙げているムニョスをエースとして投入し、もう自らのチームで3シーズンも育て続け来ている現在17歳のザック・ヴィーチ(今月中に18歳になる)をインディーライツ・デビューさせる。
 さらに下位のフォーミュラ・マツダにもシェルビー・ブラックストックをエントリーさせる。彼らはもう1台をエントリーさせる予定だが、そちらのドライバーは後日発表されるという。そして、USF2000にもアンドレッティ・オートスポートは参戦を継続する予定で、そちらのドライバーも同じく後日発表するとのことだ。
以上

2012年12月10日月曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 12月3日 インディー/シャーロット・ダブルにトニー・スチュワートが挑戦か

ロジャー・ペンスキー直々にインディー500出走をオファー

 1997年インディー・レーシング・リーグ(IRL)チャンピオンで、NASCARチャンピオンにも三度輝いているトニー・スチュワート(41歳)が、来る2013年のインディー500にスポット参戦する可能性が出て来た。ロジャー・ペンスキーが彼にオファーを出したのだ。
 インディアナ州出身で、ミジェット&スプリント・カーを走らせて育ったスチュワート。当然、彼の子供時代からの夢はインディーカー・チャンピオン、インディー500での優勝だった。しかし、いざインディーカー・ドライバーとなって挑戦した5回での最高位は5位(1997年)、インディー未勝利のスチュワートとすれば、世界最長の歴史を誇るレースで最多の15勝を飾っているチーム・ペンスキーからの出場は拒絶し難いチャンスだろう。
 

シボレーから強力なバックアップ

 スチュワートがオープンホイールのトップカテゴリーに到達したのは、ちょうどインディーカーがまっ二つに分断されていた時期。彼はCARTシリーズより世間の評価が低いIRLでタイトルを獲ったが、その後は人気絶大なNASCARへと移り、そちらでも才能を発揮して3度のシリーズ制覇を果たして来ている。そして、スチュワートは2009年からチームオーナー兼ドライバーとなった。シボレーからの強力なサポートを受ける体制だ。そのような彼とシボレーの関係を考えれば、インディーカーでのシボレー・ナンバー・ワン・チームであるペンスキーからの参戦話は、決して実現性の低いものではない。ペンスキーとスチュワートが手を組むとなれば、全米での注目度は極めて大きなものになる。それはインディー500やインディーカー・シリーズにとってはもちろんのこと、NASCAR、そして、シボレーにとっても大きなメリットになるはずだ。
2004年以来久々となる「ダブル」、果たして障壁をクリアできるか?

 スチュワートにとっての悩みの種は、インディー500の行われる週末、NASCARがノースキャロライナ州シャーロットでシリーズの公式戦を開催する点だ。そちらはナイトレースなので、インディー500のゴール後にヘリコプターとプライベートジェットを利用すれば参戦は可能となるが、時間的に非常にタイトなのだ。そこでペンスキー御大は、インディカーとNASCARの両シリーズに働きかけ、両イベントのスケジュールを調整することまで考えているのだという。
 少し前までは、”インディー/シャーロット・ダブル”は普通に行われていた。ところが、2005年からインディー500のスタートが1時間遅らされて正午になったため(2006年からはインディアナ州のサマー・タイム採用で午後1時スタートになっているが、前年までのサマー・タイム採用無しでの正午と同時刻)、一番最近の”ダブル”実現は、2004年のロビー・ゴードンによるものとなっている。
 インディー500に出場すると、シャーロットでの決勝当日のドライバーズミーティングに出席できないため、NASCARのルールで最後尾グリッドからのスタートを強いられる。これをまず、NASCARサイドのスポンサーに理解してもらわねばならない。また、インディー500のスタートや進行が雨で遅れた場合など、どのような対処をするのか(インディーとNASCAR、どちらにどのような代役を立てるのか……など)、多方面からの了承を得なくてはならない。
 スチュワート自身、1999年と2001年の2回、“ダブル”にトライをしている。1999年はインディーで9位、シャーロットで4位に入賞。2001年にはチップ・ガナッシ・レーシングからの出場でインディー=6位、シャーロット=3位だった。二度の挑戦とも両レースでトップ10入りするという素晴らしい成績をスチュワートは残しているわけだ。また、2004年には予選最終日に突然姿を現したスチュワートに対してAJ・フォイトがマシン提供を申し出、挑戦が急遽決まりかけた。最終的には、彼とシボレーの契約などからホンダ・エンジン搭載インディーカーでの走行は実現しなかった。
 2013年のインディー/シャーロット・ダブルに関しては、いよいよNASCARのトップ・シリーズへのフルエントリーを開始するダニカ・パトリックにも計画がある。ダニカもNASCARではシボレー・ドライバーだ。


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2012年12月1日土曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 11月17日 ストーブリーグニュース 11月版 シモーナ・デ・シルベストロがKVレーシング・テクノロジーに移籍

KVRTはカナーンとシモーナの2台体制に
EJ・ビソとルーベンス・バリケロの離脱が確定しているKVRTは、デ・シルベストロを迎えてトニー・カナーンとの2カー体制になる。HVMはスポーツカーでの活動を始める計画で(去年はコンクェスト・レーシングがそうやってインディーカーを去ってったなあ)、インディーカーも継続参戦の予定だが、ドライバーなどは現時点では未定。
グレアム・レイホールは父ボビー・レイホールのチームへと復帰

チップ・ガナッシ・レーシングのサテライト=いわゆるG2で2シーズンを走ったグレアム・レイホールだが、とうとう勝ち星を挙げることなく契約終了。2013年にはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍する。つい最近の会見で彼のカー・ナンバーが「15」と発表されており、そのゼッケンをつかっていた佐藤琢磨は、来年も残留の方向と見られていたが、離脱の可能性もあると見られている。
G2のドライバー・ラインナップは?

グレアム・レイホールが抜けたG2、その穴を埋めるのはライアン・ブリスコーでは? この移籍が実現したら、G2もガナッシ全体もレベル・アップされることは間違いない。チーム・ペンスキーの情報も一気に手に入れることができるからだ。
セバスチャン・ブルデイはドラゴン残留。
セバスチャン・ブルデイはドラゴン・レーシングとの契約を継続し、シボレー・エンジン搭載でのフル・シーズンを戦う。キャサリン・レッグもドラゴンに残留のはずなので、同じドライバー2人を2年続けて起用する出場体制になる。
ルーベンス・バリケロはシュミットか?

ルーベンス・バリケロはF1復帰なんて話も近頃聞かれているが、シュミット・ハミルトン・モータースポーツ入りしてシモン・パジェノーとコンビを組むという噂がシーズン終了前から流れていたが??
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2012年11月23日金曜日

2012-13 INDYCAR オフシーズン情報 11月6日 ランディー・バーナード解任問題その3 バーナード緊急排除の背景に迫る

バーナード排除の陰にちらつくスポンサーの陰 

 ランディー・バーナードがインディーカー・シリーズのCEOから引きずり降ろされた(既報)。この更迭は、なぜだか世間がビックリするほど唐突かつ強引に行われた。インディーカーは自らの評判がガタ落ちになる可能性も顧みず、「とにかくバーナードを放り出せ!」と行動した。
 先日、このドタバタ劇の裏をアメリカのメディアが報じた。記事の内容は信憑性が高いように感じられた。バーナードが排除されることとなったのは10月最終週だったが、発表がなされる直前、インディーカーはシリーズに大口の支援をしている企業のひとつから、「どっちの方向性に進むにせよ、シリーズ内部の混乱にケリをつけろ。さもなければ私たちは手を引く」と迫られたのだという。すると役員会は、自分たちが選んでCEOの座に据えた男をいともアッサリ、無慈悲に放出することを決定、バーナードにそれを伝えた。「シリーズをサポートしてくれる=大枚をはたいてくれる企業を失うぐらいだったら何でもしますよ」ということだ。彼らはアタフタと、善後策の検討もなくトップ人事の変更を世間に発表した。バーナードは開いた口が塞がらなかったと思う。自分を守ってくれると信じていた役員会が突然心変わりし、彼を切る立場に翻った。「今までの苦労は何だったんだ?」、「もうやってられない」と彼はアドバイザーに引き下がることを了承、もうインディーカーとは関わらないと決めたのかもしれない。