2011年6月7日火曜日

2011 INDYCAR インサイド情報&ニュース R5 インディ500 チーム・ペンスキー、2年連続の不振

グリッドに並んだチームペンスキーの歴代インディ500ウイニングマシン。今年のマシンが16台目としてこの車列に加わることはなかった。
Photo:INDYCAR
プラクティスの時点で始まっていた苦戦

 インディ500で史上最多の15勝を挙げているチーム・ペンスキーだが、今年は去年に続いて苦しいインディ500を戦っていた。しかもその内容は去年より悪かった。
 チームメイト同士でドラフティングを使って決勝用セッティングを詰めていくようなシーンを見せられると、3カーチームを見事にオーガナイズしてプログラムをこなしているように見えたものだが、プラクティスの時点ですでに彼らの苦戦は始まっていたようだ

走行時間の減少で、不十分な状態のまま予選に

 今年の彼らは、例年にも増して決勝を重視する意向であるように受け取れた。彼らは実際にそうした戦略を持っていたのかもしれないが、スピードがそこについて行っていなかったようなのだ。そこへ雨が重なり、走行時間は大幅に短縮された。予選前に丸々7日もあるはずだった走行は、雨と低温で4日間へと減らされた。こうなるとチーム・ペンスキーをもってしても、劣勢を覆し切れないまま予選を迎えるしかなかった。
 ポールポジション争いを演じたのはサム・シュミット・モータースポーツのアレックス・タグリアーニと、チップ・ガナッシ・レーシングのスコット・ディクソン。ニューマン・ハース・レーシングのオリオール・セルビア、サム・シュミット・モータースポーツのタウンゼント・ベル、ブライアン・ハータ・オートスポート・ウィズ・カーブ/アガジェニアンのダン・ウェルドン、パンサー・レーシングのバディ・ライス、そしてサラ・フィッシャー・レーシングのエド・カーペンターといった面々が奮闘。ペンスキー勢でトップ9に食い込めたのはウィル・パワーただひとり。ポール候補のエリオ・カストロネベスが惨憺たる16位! ブリスコーはポールデイの朝にクラッシュする決定的なミスを犯し、予選初日にグリッドを確保できないほどだった。彼は予選落ちの危機すら感じながら26番グリッドを手に入れた。

「今年のチーム・ペンスキーは駄目かもしれない」……とこの時点で考えた人がどれだけいたか? まだ決勝で彼らが勢いを盛り返してくることが警戒されていた。プラクティスで彼らが上位のスピードをコンスタントに出していないところに、逆に脅威すら感じられるほどだった。去年の苦戦に学んだ彼らが決勝用のマシン作りを重点的に行っていると見えていたからだ。
 実際には、予選で速くないという時点でペンスキー勢の戦いぶりには完全に狂っていた。彼らは毎年のインディ500で、予選と決勝の両方でトップを目指した戦いをしてきている。彼らが今年の予選でスピードを出せなかったのは、ライバル勢に劣っていることをさらけ出しただけだったのだ。去年はカストロネベスがポールでパワーが2位と、予選で堂々たる結果を残していた。しかし、今年の彼らは予選で惨敗を喫した。

決勝での巻き返しも不発で浮足立つチーム

 チーム・ペンスキーはあらゆる手を尽くし、決勝では攻勢に出ようと考えた。しかし、バンプデイも天候は悪く、決勝用セッティングを向上させる時間は与えられなかった。その上、決勝日はプラクティスや予選とはコンディションが大きく異なる暑い1日となった。レースが行われたのは28〜33℃という気温下だったが、2週の間に行なわれたプラクティスと予選で気温が28℃を越えた日はわずかに1日しかなかった。
 その日の最高気温が28℃プラス。決勝用セッティングを確認したかったカーブデイは13〜14℃という低温だった。涼しい中で速くないマシンは、暑い中ではさらにその症状が悪くなる。彼らはピットストップでセッティング変更を繰り返し、何とかスピードを確保しようと努めたが、ハンドリングは悪いままでポジションを思うように上げることはできなかった。

 優勝候補としてのパフォーマンスを発揮できないと知るや、チームは浮き足立ち、パワーのクルーはタイヤの装着に失敗。それが原因でブレーキにトラブルが発生し、周回遅れに陥った。この後にはチーム全体に悪循環が広がったかのようで、ブリスコーはクラッシュし、カストロネベスはタイヤをカットと次々不運に見舞われた。

ペンスキーを持ってしても、まったく容易ではないインディ500の難しさ

 ペンスキーの3人全員がトップ10入りを逃すなど誰が考えただろう? そればかりか、ゴールまで走り切ったパワーとカストロネベスでさえ、トップから1周の周回遅れだった。スポット参戦のブライアン・ハータ・オートスポート・ウィズ・カーブ/アガジェニアンが優勝し、ルーキー起用のパンサー・レーシングが2位を得たことを考えると、彼らの不振ぶりは驚きべきものである。ダラーラ・ホンダのワンメイク最終年、チーム・ペンスキーのエンジニアリングスタッフはインディで速いマシンをついに作れなかった。

 レース後にパワーは、「今月を通して我々はスピードが不足していた。その原因はまだ判明していないが、チームは徹底的に調べ上げる」と話した。07年にカストロネベスが優勝した時にシンドリックは、「昨年のインディ500が終わった翌日から、僕らは今年のインディに向けた用意を始めた」と話していた。レギュラーシーズンのレースを戦いながら、彼らはインディで得られたデータを時間をかけて解析し、不振の原因を突き止め、それを克服するための策を練ったのだ。そんな彼らをもってしても、苦戦の状況は去年以上となっていた。そこにインディ500の難しさがある。ロジャー・ペンスキーは「インディは素晴らしいコースだ。そして、ここで勝つのは本当に難しい」と語った。

0 件のコメント:

コメントを投稿