2012年5月6日日曜日

ジャック・アマノのインディーな1日:ブラジルの旧日本人街の喫茶店で、石川遼、羽賀研二、岩崎宏美、小柳ルミ子、山崎ハコ

日本から30時間かけてブラジルのサンパウロ空港に到着。タクシーでダウンタウンのリベルダージ地区へ。その晩の宿の予約は Liau Hotels Ginzaという、現在は中国人経営になってるらしい元・日系ホテルにとってあった。空港で前払いしたタクシー代は100レアル程度=5000円ぐらいか。
 3回目のサンパウロで初めて訪れる日本人街改め東洋人街となっているリベルダージ、その目抜き通りをかなり下った四つ角にKIDOAIRAKUという店はあった。お目当ての日本人移民博物館からすぐのところだ。

「KIDOAIRAKU」の雰囲気のある外観。70〜80年代の軽井沢とかのイメージ? リベルダージは少々荒廃気味という印象。大阪橋、そこにある鳥居、提灯をイメージした赤い柱の街灯……どれも傷みがひどい。新しい日本食屋さんもオープンしてるようだったけど。
Photo:Masahiko Amano(Amano e Associati)

 旅行ガイドに「軽食、喫茶」みたいな紹介をされていた店に、入り口の階段を少し上がって両開きの扉を開けて入ると、カランコロンと牧場の牛が下げている鐘の音がした。「うわっ、ここって喫茶店だ、それもかなり昔っぽい……自分が大学生だった80年代でも古いタイプに分類されてただろう喫茶店」。

 店の中は、入ってすぐ右側がカウンター席で、一段高くなった店の奥側にテーブルが並んでいる。その奥の方の壁に小さなものだが石川遼のポスターが貼ってあるのがチラッと見えた。凄いな、ここまで波及してるんだ、石川人気……。

 カウンターの中には、美人の若女将みたいな人がいて、羽賀研二似の長身の男性がウェイター的に働いていた。このイケメンというより二枚目は、頭に紺のバンダナ(!)をピッシリ巻いていた。

 カウンター席の一番奥に座って、失礼にならないようグルッと辺りを見回した。興味津々なのはバレバレだったとは思うけど……。ひとつの壁には、白い紙に日本語で手書きされたランチメニューがズラッと貼ってあった。それが焼き魚とか、日本の定食屋みたいなものばっかり。意外。「今でもこの街の日本度、思ってるより高いのかも」と感じた。石川遼のポスター見たばっかりだったし。

 ところが、カウンターの中にはかき氷マシンがあって、しかも、もう使ってないらしくコースター置き場と化していた。頼んだコーヒーを待っている間、気がつくと松田聖子の曲が流れて来て、次にかかったのはサザンオールスターズで、その後には長渕剛の「乾杯」に変わった。

 カウンター内の女性と、ホールの男性、ふたりが日本語を話せるのは、出入りするビジネスマン風のお客さんたちと日本語で談笑していたことでわかった。でも、彼ら同志の会話はポルトガル語だった。

 コーヒーを1杯飲み終えても、まだ博物館が開くまでに少し時間があったので、もう1杯頼んだ。その後、店内の音楽は岩崎宏美、小柳ルミ子、山崎ハコ……と、なぜかマニアックさを増して行った風だった。石川クンのポスターは届いているものの、リベルダージと日本との距離って、ヤッパリ近頃は方向性としては、広がり続けてってるんだろうなぁ。

リベルダージの歩道には、ズラッと「巴」の家紋が敷き詰められている。この街を作り上げた家族のものなんだろうなぁ。
Photo:Masahiko Amano(Amano e Associati)

1 件のコメント:

  1. 家紋を踏むというのは、日本人としていかがなものかと。。。
    そういった面からも、文化的距離が広がっているのを感じさせられますね!

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