2019年8月27日火曜日

2019 INDYCARレポート R15 ボマリート・オートモーティブ・グループ500 Race Day 決勝:佐藤琢磨のゲイトウェイ優勝に感無量!

Photo:INDYCAR (Chris Owens) クリックして拡大
日本人初のシーズン2勝目
 今シーズンは、チーム・ペンスキーで走る2014年チャンピオンのウィル・パワーがまだ1勝しかできていない。アンドレッティ・オートスポートのリーディング・ドライバーである2012年チャンピオンのライアン・ハンター-レイや、4回のチャンプカー・タイトル獲得歴を誇るセバスチャン・ブルデイ(デイル・コイン・レーシング・ウィズ・ヴァッサー・サリヴァン)は優勝なし。そんなシーズンに佐藤琢磨(レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング)は2勝目を挙げた。5回チャンピオンになっているスコット・ディクソンにはチップ・ガナッシ・レーシング、この3シーズンで最も実力を伸ばしているアレクサンダー・ロッシにはアンドレッティ・オートスポートと、彼らの背後には強豪チームがいる。しかし、琢磨は発展中の中堅チームと評すべきレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからのエントリーで、彼らに並ぶ優勝回数=2勝をマーク。これは高く、高く評価されるべきパフォーマンスだ。
 4月にバーバー・モータースポーツ・パークでポール・トゥ・ウィン!
インディー500で3位、テキサス・モーター・スピードウェイでシーズン2個目のポール・ポジション(1シーズン2PPは4回目!)。そして今回、ワールド・ワイド・テクノロジー・レースウェイ・アット・ゲイトウェイでシーズン2勝目を挙げた。同一シーズン複数回優勝。日本人初となる記録を琢磨はまたひとつ打ち立てた。1勝するのも難しく、3勝でチャンピオンという年も少なくないインディーカー・シリーズでの2勝。そして、まだ今シーズンは2戦が残されている。


バーサタイル・ドライバー
 スーパースピードウェイとショート・オーヴァル、ロードコースとストリート・コース、インディーカー・シリーズには他にはないコース・ヴァラエティがある。アメリカのトップ・オープンホイールは、どんなコースでも速いドライバー(=バーサタイル・ドライバーとアメリカでは言う)を決めるチャンピオンシップということだ。
 バーサタイル・ドライバーの代表は、マリオ・アンドレッティだ。彼はコースだけでなく、どんなマシンに乗せても速いことをインディカーやダート・オーヴァル・マシンだけでなく、スポーツカー(セブリング12時間)やストックカー(デイトナ500)での数々の優勝で証明した。
 琢磨は今回のゲイトウェイ優勝で、上記のインディーカー・コース・バリエーションすべての制覇を達成した。これはもうテニスやゴルフにあるグランド・スラム的な快挙と言える。実際、琢磨の優勝の中には世界最大のレース=インディー500と、観客数、歴史、ステイタスの高さでインディー500に次ぐにグラン・プリ・オヴ・ロング・ビーチが含まれている。ロードコースでの2勝は昨年のポートランド・インターナショナル・レースウェイと、今年のバーバー・モータースポーツ・パークだ。
 コースを選ばない速さを備えた、究極のインディーカー・ドライバー。琢磨はそう呼ばれるに値する成績を歴史に刻んだ。チャンピオン争いを行なう能力の持ち主であることを自ら証明した。来シーズンが楽しみだ。

ベテランとルーキー


Photo:INDYCAR (Joe Skibinski) クリックして拡大
 2番手走行中だったパワーが53周目にクラッシュし、190周目にはトップを走っていたブルデイがクラッシュ。大ベテラン二人が壁の餌食となったゲイトウェイで最速だったのは、ルーキーのサンティーノ・フェルッチ(デイル・コイン・レーシング)だった。強豪たちを相手に1ランク上のスピードを維持、レース終盤にはポイント・リーダーのジョセフ・ニューガーデン(チーム・ペンスキー)を2回もパス(1回抜いて、ミスして抜き返されたが、もう1回パス)して喝采を浴びていた。最終ラップ、最後のコーナーでリヤが滑ったが、それを何とかコントロール。後方から迫っていたニューガーデンが接触を避けるためにイン側の芝生に降りてスピン!
ポイント・リーダーがあわやクラッシュか? という状況に陥った。壁にぶつからなかったニューガーデンだったが、スピンしている間に2台にパスされた。しかも、そのうちの一人がチャンピオンの座を競い合っているチームメイトのパジェノーだった。

 テキサス、ポコノに続くキャリア・ベストの4位フィニッシュ=3回目を記録したフェルッチは、ゲイトウェイでキャリア初となる最多リード・ラップも記録した。F1を目指してGP3、GP2で戦っていたコネチカット州出身ドライバーは、超高速でのマシン・コントロールが求められるオーバル・レーシングをエンジョイしているようで、度胸の良い、大胆なドライビングを見せて来ている。その上、21歳ながら彼にはマシンをゴールまで運ぶクレバーさも備わっている。
 シーズン終盤戦に来ての2戦連続4位で、フェルッチのポイント・スタンディングは3つも上がって9位。ルーキー・ポイントでもフェリックス・ローゼンクヴィスト(チップ・ガナッシ・レーシング)を抜いてトップに躍り出た。開幕前から注目を集めていたローゼンクヴィスト、コルトン・ハータ(ハーディング・スタインブレナー・レーシング)を上回るパフォーマンス。残る2レースも注目したい。

 ゲイトウェイではトップ快走中の114周目にピットした際に右後輪の交換作業が遅れ、先輩チームメイトのブルデイにリードを譲った。まさか、その彼がクラッシュしたことでフェルッチの勝機がかき消されてしまうとは……。
 もう今シーズンはオーヴァル・レースが残されておらず、フェルッチの初勝利が実現される可能性は、残念ながら低いと言わざるを得ない。彼の今年のロードコースでの成績は、サーキット・オブ・ジ・アメリカス=20位、バーバー=15位、インディカーGP=10位、ロード・アメリカ=19位、ミッド・オハイオ=12位と、オーヴァルと比べると芳しくない。しかし、ポートランドを彼は昨年走っているので、コースも知っているし、ブルデイが速いコースでもあるので期待がかかる。

 ルーキー2人目の勝利がならなかったレースは、琢磨、トニー・カナーン(AJ・フォイト・エンタープライゼス)、エド・カーペンター(エド・カーペンター・レーシング)が1、2、3位だった。琢磨=42歳、カーペンター=38歳、カナーン=44歳で平均41.33歳。私がカバーし始めた1990年からの話に限定して申し訳ないが(100年を越す歴史をチェックし尽くすことができませんで……)、1993年のミシガン・インターナショナル・スピードウェイでのマールボロ500が優勝=ナイジェル・マンセル、2位=マリオ・アンドレッティ、3位=アリー・ルイエンダイクという結果で、平均年齢は45歳だった。マリオが入るとグーンと数字が上がっちゃうのは確か。翌年のサーファーズ・パラダイスで3位フィニッシュしてキャリア最後の表彰台に上った時、彼は54歳だったので……。
 

スケイプゴート

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 ポコノでの多重アクシデントは、誰か一人が引き起こしたのではなかった。3ワイド・バトルに関わった3台のマシンはタービュランスや路面のシームによる影響を受けており、3台が接触する方向に様々な要素が同じタイミングで働いた。不運にも起こってしまった”レーシング・インシデント”だったと考えるべきだろう。琢磨はラインを保持し続けたと主張し、ロッシも同様。ハンター-レイは”外の2台(ロッシと琢磨)の接触が発端で、自分はそこに関与していない”という見解だった。アンドレッティ・オートスポートの2台が徐々にアウト側へ寄って行ったのは、ターン1を立ち上がってターン2にアプローチするレーシング・ラインがそういうものだから。彼らは彼らなりのラインを保持していたというのだ。
 幸いにも負傷者は出なかったが、危険な多重アクシデントが起こると世間は必ず”犯人探し”を始める。今回は琢磨に非難が集まった。テレビがライブで流していた映像がロッシのオンボードで、広角レンズのために琢磨がインに切り込んで来たように見えたのだ。チャンピオン争いで2番手につけ、このレースでの逆転も可能な状況にあったロッシがクラッシュしたことで、彼を応援するファンの不満が噴出した。アクシデント直後に解説者のポール・トレイシーが「琢磨がラインを下げた」と断言したことも大いに影響したと見られる。しかし、最終的には叩き易いところが叩かれたということだと思う。インディーカーはアメリカのチャンピオンシップ。日本出身の琢磨は外からやって来ているチャレンジャーで、今回はスケイプゴートに仕立て上げられてしまった。

 アクシデント直後、メディカル・センターの外で琢磨の発したコメントが世間の誤解を招いたところもあった。彼ほど英語が流暢でも、意志と異なる伝わり方をすることはある。彼の「ロッシをクリアしたと思った」という部分に、多くの人々が「ほら、お前がミスジャッジしてラインを下げたんじゃないか」と反応した。翌週になってレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングがインディカーに提出したテレメトリー・データによれば、琢磨が左(ロッシ側)にステアリングを切ったのはアクシデントが発生した後だということだというのに、琢磨のコメントは、彼が接触前に左にラインを変えたと受け取られるものになっていた。

 世間が非難一色になっているのを知って、琢磨は自らの主張をツイート。しかし、それはロッシのオンボード映像を使ったもので、逆に論争の火に油を注ぐことになった。しばらくして琢磨は自らの主張をより鮮明に伝える自分のマシンのオンボード映像を公開。「もっと早くこの映像を見たかった」という声が上がるなど、ある程度の沈静化はされたが、一度ひとつの方向に爆走し始めた世論はそう簡単に収められるものではなく、冷静に状況を説明しても、言い逃れようとしていると受け取る人もあった。
 

激しい競争と、相互の敬意
 インディカーではリスキーと言われる3ワイド=3台並走。一度アクシデントが起こると、3ワイドという状況を作り出した人、つまりは2ワイドに最後に加わった人が責めを負うというセオリーがある。今回の場合、それが琢磨だった。接触は直線で起き、すぐ先のターン2が迫っていた。彼ら3人は、どういうオーダーでそこへ入って行くことを想定していたのだろう?
 琢磨は3人の中で先頭に立ってターン2に入って行けるものと考えていた。彼の後輪とロッシの前輪が接触したことで明らかなとおり、琢磨はもうロッシをほとんど抜き去っていたからだ。ハンター-レイもロッシの前に出ることは十分に可能と見ていて、彼は琢磨がアウト側に行ったことも知っていたが、”自分のいるインサイドが優先”という考えだったようだ。
 ”少しでも自分に不利に働きそうなことは絶対口にするな”という教育がアメリカでは徹底されている。おそらくそれは、アメリカでは何でもすぐに訴訟騒ぎになるからだ。ゲイトウェイで優勝会見で琢磨は言った。「我々全員があの経験から学び取ることができる。お互いに、もう少しのスペースを与え合うようにしたい。サイド・バイ・サイドや3ワイドになったら、自分の走行レーンから外れることはできない。それが最低限守られるべき線になる。あの時の自分は右に動いて、もっと相手にスペースを与えることが多分できた。おそらく、私はそうすべきだった」。また揚げ足を取られるのでは? と心配になった。しかし、これが琢磨という人物の人柄。全力でアタックする姿勢は、アメリカにも多くのファンを作っている。それも、かなり熱烈なファンを。ゲイトウェイでの表彰式はメイン・ストレート上で行われたが、優勝した琢磨を讃えようと多くのファンが集まり、賞賛、激励する声をかけていた。

チャンピオン争い
 ラジエター破損で20位となったディクソン。ニューガーデンとのポイント差は70点に広がり、逆転タイトルに向けた状況は厳しくなった。ポイント2番手だったロッシも、ピット・タイミングが悪く13位に沈み、ニューガーデンとは46点差、ランキング3番手に下がってしまった。結果、4勝しているニューガーデンがポイント・リーダーの座を保ち、ダブル・ポイントのインディ500を含めた3勝を挙げているシモン・パジェノー(チーム・ペンスキー)が38点差でランク2位と、優勝数の多い者がランキングでも上位に収まることとなった。残るは2戦。チャンピオンシップ・コンテンダーたちはどんな戦いを見せるだろう?
 ニューガーデンはゲイトウェイのレース後、「自信を持ち過ぎることもできないし、今の自分たちが安泰とも思えない。しかし、自分たちが優位にあることにも疑いの余地はない。有利じゃないと考えるのは馬鹿げている。ゆったり腰掛け、休んでいることはできない。残り2レースは大変な戦いになる。この3レースでもう少しポイント差を広げられれば良かった。ミッド・オハイオは間違いなく、それができていたレースだった。起きてしまったことは現実として認めるしかない。私自身がもっとうまくやっていたら、状況をもっと良くできていた。ポコノも、もう少し良い成績を出せてよかった。ここゲイトウェイも、本当に、もう少し良い結果とできていたはずだった。この3レースがスムーズに行かなかった我々は、そんなことは忘れて最終2戦に臨むだけ。自分たちの置かれた状況は良いのだから。今シーズンずっとやって来たのと違う戦い方にトライすることもない。我々はアタックする姿勢を、幾らかの注意深さとともに保つことが必要だと考えている」と語った。
 琢磨にはランキング・トップ5が見えて来ている。ゲイトウェイでの優勝でハンター-レイを抜いて6番手に順位を一つ戻し、ポイント5番手につけるパワーとの差は34点になっているのだ。
以上

1 件のコメント:

  1. いつも以上に説得力モリモリの良記事。ありがとう。見習いたい。

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